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岡山地方裁判所津山支部 昭和48年(ワ)61号 判決 1974年1月24日

原告 村上忠男 外一名

被告 国

訴訟代理人 清水利夫 外四名

主文

一  岡山地方裁判所津山支部昭和四七年(リ)二号配当事件について、同裁判所が作成した配当表のうち被告に対する配当を取消し、同裁判所に新たな配当表の作成を命じる。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者の申立

1  原告ら

主文と同旨の判決。

2  被告

原告らの請求棄却。訴訟費用原告らの負担。

二  当事者の主張

1  原告ら(請求原因)

(一)  債権者を原告らおよび被告、債務者を株式会社ミマサカ工具製作所(以下単に債務会社という。)とする岡山地方裁判所津山支部昭和四七年(リ)二号配当手続事件において、同裁判所は配当対象金額四三三万四〇七〇円に関し、次のとおりの配当表を作成した。

共益費用 一万五一七九円

原告村上請求金額 一一七五万円 交付金額 九一万〇〇三五円

原告会社請求金額 五二八万四六二二円 交付金額 四〇万八八五六円

被告請求金額 三〇〇万円 交付金額 三〇〇万円

(二)  右の配当手続は第三債務者石川島播磨重工業株式会社(以下単に訴外重工という。)から二重差押えがあつたとして供託された前記金額を対象としてされたものである。

(三)  ところで、右二重差押えとは、原告村上の申請に基づいて右裁判所から発せられ、昭和四六年一〇月一六日訴外重工に到達した債権差押命令と、原告会社の申請に基づいて同裁判所から発せられ、右翌日の一七日同重工に到達した債権差押命令によるものであった。

そして、前記供託の事情届出は、昭和四七年七月三一日同重工から同裁判所にされた。

ところが、被告は同裁判所に対し、右事情届出後である同年九月一三日、債務会社に厚生年金保険料・健康保険料債権(以下便宜上租税債権という。)計三〇〇万円を有するとして、厚生年金保険法八六条・八九条、健康保険法一一条の二・同条の四、国税徴収法八条・八二条に基づいて交付要求をした。

同裁判所は右交付要求をいれて、本件配当表を作成したのである。

(四)  しかし、供託による事情届出後の右交付要求は認められるべきでない。被告主張の租税債権が一般債権に対して優先権を有することは原告らも認める。しかしながら、それはあくまで民訴法所定の配当要求期間内に交付要求がされることを前提とする。本件にそくしてみれば、交付要求は右供託事情届出までにされなければならない。ところが、本件交付要求は右のとおりその後にされたものであるから不適法であつて認められるべきではない。なおその詳細は別紙一(準備書面(原告ら))記載のとおりである。

2  被告

(一)  請求原因に対する答弁

(一)ないし(三)の事実は認める。

(四)の主張は認めない。

(二)  主張

被告が交付要求をした租税債権の優先権は債務者の総財産を目的として与えられた先取特権類似の強力なものである。ただ、その実行手段たる交付要求は優先権の実効性を確保すべき反面、そのために強制執行の完結を遅延させてはならないとの要請をも満たさなければならない。この両者の調和を考えると、交付要求は、原告ら主張のような配当要求と同一の制限を受けるべきものではない一方、執行裁判所が民訴法六二七条・六二八条により各債権者に計算書の差出しを催告し、その計算書に基づいて配当表を作成するまでの間にはすべきものと解される。換言すれば、右期間内に交付要求をすれば足りるというべきである。

これを本件についてみると、被告は当初国税徴収法六二条に基づき訴外重工に債権差押通知書を発して差押えをした。同通知書は昭和四六年一〇月一七日訴外重工に到達した。これは原告会社申請による債権差押命令が同重工に到達したのと同日である。被告はその後原告らにより強制執行手続がとられていることを知つて、同法八二条に基づき原告主張の日に交付要求をした。ところで、前記裁判所が民訴法六二七条による計算書差出し催告を債権者にしたのはその後の昭和四八年四月一一日である。

右のとおりであるから、同裁判所が被告の交付要求を適法と認めて本件配当表を作成したのは正当である。原告らの本訴請求は理由がない。

なお、右主張の詳細は別紙二(準備書面(被告))記載のとおりである。

三  立証<省略>

理由

一  原告ら主張の請求原因中(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告がした交付要求の適否についてみる。

本件租税債権が一般債権に対して優先権を有すること自体は、当事者双方が触れている各法条によつて明らかであり、原告らは別に異論をさしはさもうとはしていない。問題は優先権の内容をどのようなものと解するかにある。そしてこの点に関する当裁判所の見解は、結論を先にいうと、被告の主張を不当とするものである。その理由は次のとおりである。

すなわち、右優先権は、当該租税債権に関する交付要求によつて、弁済につき優先順位が与えられるものであるにとどまつて、それ以上に債務者の総財産上に一種の先取特権が与えられているというようなものではないと解される。このことは、争いはあるものの、民訴法六五四条の規定からもうかがいうるといえる。同条がそこで催告対象租税等として予定しているものは、その規定形式からみても、本来当該執行不動産の物的税のみであつて、他の租税等債権は予定していない、つまり租税関係債権であるからといって当然に同一内容の優先権を与えられているものではないとの前提をとつているものといいうるからである。

しかも、優先権の性格ないし内容を右にみた限度のものと解しても、租税優先の必要性を不当に否定し不合理であるとすべき点はなんらないと考える。むしろ明文規定のない現在、右以上の効力を認めることこそ、他の一般債権に対し、法解釈の名のもとに、余りにも租税優先主義思想に傾きすぎた犠牲を強いるものというべきである。

ところで、被告は右の点に関し、優先権の内容を右先取特権的なものと考え、それが法上端的に現われているものとして、破産法四七条二号(四九条・五〇条)をあげる。確かに、同法は同規定を設けて、租税債権を財団債権とし、弁済を破産手続終了に至るまで受けさせるという極めて強い優先権を与えている。しかしこの規定に対しては、つとに次のような批判が加えられてきた。本来財団債権の中心をなすものは破産債権者にとつて共益的性格をもつた債権なのである。にもかかわらず、同規定はこれとは全く性質を異にした租税債権を財団債権とするものであつて、他に立法例をみない不当なものである、等というのがそれである。そして、この批判は正当であるため、これに応じる法改正の考慮も、現に昭和四二年の「会社更生法の一部改正」に際してされていたのである(宮脇幸彦・時岡泰「改正会社更生法の解説」新法解説叢書3二〇七頁(注1)・三五七頁参照)。このようなわけであるから、同法をもつて優先権の本質を現わし、また交付要求の時期を決定するに当つてその基準となしうべきものとする、被告の右主張は採れない。むしろ同規定については、右にみたとおり、被告が主張するところとは異つた見解のもとに適正な法改正が図られようとしている実情にあることを直視すべきである。

右にみてきたところによると、交付要求は民訴法による配当要求時期と同一制限に服すべきものといわねばならない。

ところで、第三債務者から供託の事情届出があつたときの配当要求については、原・被告双方があげている判例(最高三小判・昭和三八年六月四日民集一七巻五号六五九頁)にも明示されているとおり、右事情届出後の配当要求は不適法と解すべきである。

そうすると、訴外重工の供託事情届出後にされた被告の本件交付要求もまた不適法として却下されるべきものであつた。

なお被告は、その主張のなかで、本件交付要求に先立つて国税徴収法上の差押えをした旨触れ、原告らはこの点については明らかに争わないので自白したものとみなされる。もつとも、被告が、右差押えをもつて交付要求の効力を生じる等との主張を仮定的にもしようとするものでないことは、その弁論の全趣旨からうかがえる。ただ、ことは法律上の問題に属することでもあるので一言すると、被告自身右の点については否定的見解を持するものといえるようであるが、当裁判所も同様否定するものである。

三  以上によると、本件交付要求を認容して作成された配当表は違法なものであるから、新たに右租税債権を除外した配当表が作成されなければならない。

四  そこで、原告らの本訴請求を正当として認容することとし、民訴法六三六条後段・八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田功)

別紙一

準備書面(原告ら)

一 国税徴収法に基づく債権は債務者(納税者)の総財産を目的物として、法律上当然他の総ての債権に優先する権利ではなく、一般債権の配当手続に一定の時期迄になすべき手続をしたとき、弁済の順位に優先権を与えたものであり、民訴法の手続に交付要求をしたときは、交付要求は配当要求に順ずる性質を有するものであり、国税債権を一般債権に優先させるための手続ではない。また、債権者である訴外ミマサカ工具製作所は破産を受けていないので、破産法の条文を適用すべきでない。

(参照例)

昭和三六年七月二四日付民甲第一七四七号民事局長回答

国税徴収法八二条

昭和三五年一月三〇日民甲第二七九号民事局長回答

昭和四一年八月二二日国税徴収法基本通達八二条関係(ニ)

昭和二八年(ネ)第一八三三号昭和二九年六月三〇日東京高裁八判

二 交付要求が民訴法の配当要求に順ずる性質を有する以上交付要求すべき時期、制限は当然民訴法の制限の適用を受け交付要求のみが、民訴法の配当手続に優先する権利があるべき根拠はない。

よつて、配当要求も、交付要求も、その要求時期は民訴法六二一条により、第三債務者が債務額を供託して、その事情を裁判所に届出るまでである。

(参照例)

民訴法六二〇条

昭和三八年六月四日最高裁昭和三六年(オ)第四二八号判決

別紙二

準備書面(被告)

一 本件配当表の正当性

原告らは、被告の交付要求が第三債務者石川島播磨重工業株式会社の債務額供託、事情届の後になされたものであるから被告は配当から除外されるべきであるにも拘らず、被告に配当すべき配当表を作成したことは違法である、と主張するようである。

そこで、以下、その点について被告の主張を明らかにする。

1 配当要求と交付要求との異同

配当要求については、第三債務者が民訴法六二一条により債務額を供託して執行裁判所にその旨の事情届をした後は許されない旨の最高裁判例がある(昭和三八年六月四日、最判例集一七巻五号六五九頁)。しかしながら、被告の本件配当加入の根拠は配当要求ではなく、国税徴収法八二条の規定に基づく交付要求である。ところが、この交付要求を配当手続のどの段階までにしなければならないかについては、国税徴収法関係の法令にも民訴法にも明文の規定がない。そこで、交付要求も配当要求と同列に取扱われるべきなのか、あるいは別個に取扱われるべきかについて検討する必要がある。そのためには、両者の異同(ちがい)が考慮されなければならない。それは次のとおりである。

(一) 両者の根拠法の異同

民訴法に基づく強制執行手続が先行している場合に、これに対してなす配当要求は、同じく民訴法に基づくものであつて、同一法体系内の手続である。ところが、先行の強制執行手続に対して交付要求をなすのは、国税徴収法(八二条一項)に基づくものである。このように、根拠法を異にする手続的行為は、おのずからその効力、取扱いに違いが生ずるものである。例えば、民訴法に基づく債権の二重差押の場合には後行差押は当然に配当要求の効力を生ずるというのが通説・判例である(中田淳一編民事訴訟法概説(2) 強制執行(有斐閣双書)一四七頁参照)のに対し、民訴法の債権差押に後続する国税徴収法上の債権差押(二重差押)は交付要求の効力を有しないというのが通説的見解である(吉国二郎ほか共編新国税徴収法精解三九二頁)。

以上のように両者は、根拠法を異にする(したがつて、執行機関も異なる。)ので別個に取扱われるべきである。

(二) 国税債権等の優先性

国税債権その他国税徴収の例により徴収すべき債権、例えば本件交付要求の基礎となつている健康保険料・厚生年金保険料等(以下国税債権等という。)の優先権は債務者(納税者等)の総財産を目的物として法律上当然に発生し、しかも、登記・登録等の公示をすることなく、原則として他のすべての債権に優先する権利である(国税徴収法八条、厚生年金保険法八六、八九条、健康保険法一一条の二、一一条の四)。したがつて、国税債権等の優先権は民法三〇六条に規定する一般の先取特権に類似する性格を有するものといえる(我妻栄著民法講議III、新訂担保物権法六八、六九、三〇九頁)。

ところで、私法上優先弁済を受ける権利を有する者は、その優先権者という資格においては、民訴法五六五条、五四九条によつてその権利を確保する手段があるだけで、配当要求をすることができない。しかるに、優先権のあることでこれと性質を同じくする国税債権等については、民訴法五六五条、五四九条によるその優先権の担保さえ保証されていないのである。そこで、国税徴収法は交付要求という配当要求とは全く別個の手続によつて国税債権等の優先権を確保しているものと解せざるをえないのであり、右交付要求を配当要求に準じて取扱わねばならぬ理由はないというべきである。

この趣旨は、破産法においては極めて明瞭である。すなわち、交付要求にかかる国税債権等は財団債権に属し(同法四七条二号)、破産手続によらずに随時破産債権に先だつて弁済されるものとしている(同法四九、五〇条)。つまり、国税債権等は、破産手続たる届出、調査その他の配当手続によることなく、破産手続終了に至るまで随時、優先的に弁済されるのである。これによつてみても、ひとり民訴法のみが国税債権等と一般債権等を同例におき、これと同種の手続にしたがつてその満足をうべきものと定めているとは解することができない。

(三) 両者の性質の異同

右にみたごとく、交付要求は収税官吏等が国税債権等徴収権に基づいて、強制執行による換価金から、すべての債権に優先する国税債権等の優先弁済を求める意思表示であるのに対し、配当要求は、一般債権の平等弁済を求める意思表示であつて、両者は全くその性質を異にしている。だから、特別の規定がない限り、交付要求を配当要求と同列に扱わねばならない理由はない。両者を同列に扱うべきであるとの見解は、民訴法五八九、六二〇、五九一、六四七、六五四条の趣旨に反するものである。

2 交付要求をなすべき時期

しからば、交付要求をすることができる時期はいつまでか。交付要求が配当要求と全く別個の手続的行為だからといつて、全くの無制限に認められるわけではない。交付要求が民訴法上の強制執行に参加して行なわれるものである以上、強制執行手続を阻害しない限度で認められるべきである。ちなみに、民訴法が配当要求をなすべき時期の制限を設けた(同法五九二、六二〇、六四六条二項)趣旨も、一旦配当表が作成されたのちさらに配当要求がなされ、その都度配当表の修正を余儀なくされ、その結果、強制執行の完結が著しく遅滞するのをあらかじめ防止するためであると解される。したがつて、右の趣旨に反しない限度において交付要求が許されると解される。 趣旨に反しない限度とは、執行裁判所が民訴法六二七条により各債権者に対し七日の期間内に計算書を差出すべき旨催告し、右により各債権者から差出された計算書により、執行裁判所が同法六二八条により配当表を作成するまでである。

このように解することによつて、民訴法上の強制執行手続の円滑な進行と国税徴収法による交付要求(すなわち、国税債権等の優先権の実現)との調和がはかられるものであると確信する。

3 学説・実務取扱い上の根拠

(一) 学説

この問題点について論じた学説は少ないが、我妻栄博士の見解が注目されるべきである。同博士は、「交付要求は、実質的に考えて、単なる配当要求以上のものに考えるべきであるから、必ずしも配当要求と同時期までにしなければならないものではない。いよいよ分けるまで(すなわち、配当表を作成すべきときまで)であればよい。」 旨の見解を表明されている(「租税徴収法研究(上)」、租税法研究会編ジユリスト選書・有斐閣。<証拠省略>。

(二) 実務上の取扱い

執行法に関する問題点について、各裁判所の取扱い例のアンケートの結果報告書がある(「執行法に関する諸問題」、司法研修所調査叢書第七号。<証拠省略>。

右アンケートの結果によれば、交付要求をなすべき時期は配当要求に準じ、それと同一の制約を受けるとの取扱いをしているのが地裁本庁で二七庁(支部を含めた合計が一三三庁)あるのに対し、交付要求はそのような制約は受けないが配当期日までにしなければならないとの取扱いをしているのが地裁本庁で一三庁(支部を含めた合計が七八庁)であつた。

(三) 右学説・実務上の取扱いに対する評価

右にみたごとく、実務上の取扱い例では、交付要求を配当要求と同一に取扱つている例が、被告の見解に添う取扱い例の約二倍に達する。しかしながら、前者は、配当要求と交付要求との形式的な同一性(先行の強制執行に参加して配当を受けるという点)にのみ着目し、前述したような両者の実質的な異同についての考察を欠いた取扱いというべきである。このことは、我妻博士の右の見解からも首肯されるのである。両手続の実質的な異同をも考慮した、被告の主張に添う取扱例も多数存することが注目されるべきである。

4 以上のごとく、「交付要求は、裁判所が配当表を作成すべき時期まで許される。」ということは、理論上も一部の実務取扱上からも肯定されるのである。

本件交付要求は、前述のごとく裁判所が民訴法六二七条により各債権者に対し七日の期間内に計算書を差出すべく催告する以前になされたものであるから、その時期において何ら違法な点はない。

よつて、被告の交付要求に対しても配当すべき配当表が作成されたことは、正当である。

三 以上の次第であつて、原告らの右主張は失当であるから、原告らの請求はすみやかに棄却されるべきである。

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